原点と志

飾北斎との出会いが原点です。

大学4年の21歳の時、アメリカに憧れ、バックパッカーとしてアメリカ一周の旅に出ました。
格好いいと思って行ったアメリカですが、接客のラフさやルーズさなどに違和感を抱き、逆に日本という国の素晴らしさに気付かされました。

「あれ?もしかしてアメリカより日本の方が良い国なんじゃ・・・」

と感じながら行ったシカゴの大きな美術館で、ずらっと並んだ葛飾北斎の浮世絵を大勢の外国人が鑑賞する姿を見て、私はかたじけなさに涙がこぼれるような心境になりました。

「ああ、格好いいとは、自分や自分の国の文化に誇りを持つことなんだ」と

気付かされた衝撃的な瞬間でした。
それからアメリカ一周を終えるまで、ずっと「なぜ僕のような若者が日本がダメな国で、アメリカの方が良い国だと思ってしまっていたんだろう」と考え続けました。

自分なりに出した答えは「政治とマスコミ」でした。

その時に、「日本に帰ったら政治の勉強をしよう」ということを決意し、「日本人が日本に誇りを持てる国にしなければならない」と考えるようになりました。

志は「日本人が日本に誇りを持てる国にすること」

日本人は戦後、自信を失いました。教育や宗教観を戦勝国に変えられました。
今、日本人は戦後の社会心理から脱却することが必要です。
日本人であることに誇りを持ち、日本という国の素晴らしさに気付かなければなりません。私はそれを実現できるのは地方からだと思っています。
家族を大切にし、地域に誇りを持ち、地域の人や文化に愛着を持てるようになることが、日本に誇りを持つことそのものだと考えています。
私は、日本人が日本に誇りを持てる国にすることを志として持ち、実現するために頑張ります。
その方法の第一は、「地域を守ること」だと私は考えています。

第二の原点は「2票差での落選」

25歳での初出馬は「2票差」で落選しました。この経験がなければ私は、ただ若いだけの何の役にも立たない議員で終わっていたと思います。
落選の原因は、1分1秒にまでこだわった活動ができなかった心の甘さと、市のどんな課題をなぜ私が解決できるのかが明確ではなかったことだと反省しました。
それ以来、『どんなに苦しいときももう少し頑張れる』、『まだまだやれる』と自分を奮い立たせるようになりました。
また、とにかく政策にこだわり、「市の課題をこのように解決します」と伝えることに全力を注ぐと共に、自分の力を高め続けることを常に意識し活動するようになりました。

第三の原点は「娘と息子の不登校」

2021年秋、小学三年生の娘が学校に行けなくなりました。
不登校への理解がなかった私は、学校に行かせようとしていました。それで行けるようになるわけでもなく、問題があるだろうと考えるも、原因があるわけでもなく、家庭の精神状態はとても荒れた状態が長期間続きました。
しかし私たち親が、学校に行かなくてもいいのかも、と思えるようになった途端、娘の気持ちは穏やかになり、それで学校に行くわけでもありませんが、行きたい時には行くようになりました。
その影響なのか、2022年に小学一年生になった息子は、二学期になる頃、学校に合わないと感じるや学校に行かない選択をしました。
日本にはまだホームスクーリングという考え方や学ぶための多様な選択肢がありません。
しかし子供にも個性があり、特性がありますから、「学校に行く子供」か「学校に行かない子供=不登校」だけで分けるべきではありません。
実は、娘は双子で、全く同じように育てていますが、一人はとても楽しく学校に通い続けています。よく不登校の親に「育て方が悪いんじゃないか」などと悪気なくきつい言葉を投げる方がいますが、育て方ではなく、個性なのだと双子の娘を見て、私は確信しています。

私の実体験だけでなく、日本中に不登校の子供は増えています。
日本の教育を変えなければ、日本の将来はとても心配だと感じています。